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スポーツの名シーンの花絨毯

 22, 2018 20:59
晴海アイランドトリトンスクエア。略称トリトンスクエアは、銀座から車でおよそ10分の距離にある、身近でちょっとエキゾチックな雰囲気が味わえるショッピングタウンです。






普段は週末でも観光客の姿は無く、近隣住人がちらほら通るくらいですが、この日はいつになく大勢の人たちで賑わっていました。屋台が軒を連ね、中央のステージでは子供たちの踊りに歓声と拍手が上がります。




楽しそうな親子連れ達の間を潜り抜けて館内に入ると、グランドロビーでは『フラワーカーペット晴海2018』が開催されていました。


2001年に第1回目が開催され、今年で18回目を数えるこのイベントには、毎年それぞれのテーマが決められています。今年のテーマはスポーツ。世界で活躍する選手たちの名シーンが無数の花びらで表現されていました。女子重量挙げの三宅宏実選手に、


競泳の荻野公介選手。




これらの巨大なアートは、全て薔薇とカーネーションの花びら、それに黒い部分には砂を敷き詰めて表現されています。大勢のスタッフ達によって、数日間かけて作られたのだそう。


男子ハンマー投げの室伏広治選手と、




女子卓球の平野美宇選手、


スノーボード平野歩夢選手。因みにこのイベントの会期は4日間で、終了と同時にこれらの作品は全て崩されてしまうらしい。4日間限りの儚いアートだけど、とても綺麗。




時間を忘れて見入っているうちに、外はだいぶ陽が傾いてきていました。


穏やかな晴海からの勝どきの眺め。


帰り道。銀座4丁目の交差点を通り過ぎようとすると、日産のショールームでは懐かしい車が目に入ってきました。


1972年の東京モーターショーに出展された「スカイラインGT-Rレーシングコンセプト」。翌1973年に実戦投入されるために作られたレーシングカーのコンセプトですが、その後押し寄せて来る排ガスや燃費向上の問題から結局陽の目を見ずに終わった「幻のGTR」です。


と、その横には見慣れない車。「GT-R50」の文字と、傍らにはイタルデザインのロゴが見えます。イタルデザインは、ジョルジェット・ジウジアーロによって設立されたイタリアのデザイン会社。


そのイタルデザインの担当者にお話しを聞く事が出来ました。このクルマは、GT-Rとイタルデザイン社がちょうど50周年を迎えるにあたって発表された世界限定50台のカスタムメイドモデルなのだそう。「今ならまだオーダー出来ます」という事なので、参考までに値段を聞くと、1億2000万円…。夢のまた夢かな。「Thank you.」の言葉と笑顔に見送られながら、銀座の街を後にしました。

開かずの橋

 12, 2011 00:00
築地から晴海通りを晴海のほうへ進んで行くと、隅田川に架かる大きなアーチ橋が「勝鬨橋」。日本では現存する数少ない可動橋で、1933年に着工し、1940年6月14日に完成しました。3000t級の大型船舶の航行も視野に入れたもので「東洋一の可動橋」と言われ、当時は1日5回、中央部が開閉していたのですが、その後は船舶の航行量が激減し、道路の交通量が増大するにつれて開閉の回数が次第に少なくなり、ついに1970年11日29日の開閉が最後になってしまいました。電力の供給もストップされて現在のところ再び動く見通しは立ってないのですが、「勝鬨橋をあげる会」という会が発足して、現在も活動を続けています。この橋が動く雄姿を見たいかも。ちなみに清洲橋、永代橋とともに国の重要文化財に指定されています。
勝鬨橋1

勝鬨橋2

Tag:勝鬨橋

独創的な寺

 11, 2011 00:00
中央区築地にある築地本願寺。正式には「浄土真宗本願寺派本願寺築地別院」だそうで、京都の本願寺(西本願寺)の別院として「築地本願寺さん」の名で関東の人々から親しまれています。歴史的にはもともと1617(元和3)年に浅草の近くの横山町にあったのですが、1657(明暦3)年の有名な「袖振り火事」によって焼失してしまいました。しかしその大火後は幕府の区画整理によって元の場所には再建が許されず、その替え地として下付されたのが八丁堀の海上でした。そこで本堂の再建のために、門徒が中心となって海を埋め立てて築いた土地が「築地」の地名の由来です。1679(延宝7)年に完成し「築地御坊」と呼ばれていましたが、その後の関東大震災により本堂は再び崩壊してしまい、再建を余儀なくされました。その後の1934(昭和9)年に完成したのが現在の本堂で、通常の寺院とはまったく違うイメージの建物はインド様式の石造りの立派なもので、伊東忠太の設計によるものです。中にはパイプオルガンがあって、ランチタイムコンサートが開かれているというのもなんだか型破りだなぁ。
築地本願寺1

築地本願寺2

歌川広重の「築地門跡」(1856〜1858年)には、当時の頃の木造建築の建物が描かれています。
広重 築地

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