我が国で初めての自動車製造工場

 19, 2017 23:50
日産自動車は1933年(昭和8年)、横浜市神奈川区宝町で日本で始めての自動車製造会社として創立しました。


その創立当時の本社ビルは今も横浜工場内にゲストホールとして残っています。因みに本社は1968年(昭和43年)に東京銀座に移転、その後の2009年(平成21年)には横浜みなとみらいに移転しましたが、登記上の日産自動車株式会社の本店は今でもこの地になっています。


2002年に横浜市より歴史的建造物の認定を受けた建物。




ドアを入るとエントランスホール。最新モデルやテクノロジーが展示されています。因みにこの横浜工場は創業当初、自動車部品から最終組み立てまでを行う一貫製造工場でしたが、1966年に座間工場が完成してからはエンジン、サスペンションの製造を行うユニット製造の専門工場になりました。






エントランスホールの奥が目的のエンジンミュージアム。柱や梁や天井から吊るされたランプなどが懐かしい。


入るとすぐに目を惹くのは1936年製ダットサン15型ロードスター。


その周りには創業当時から最新のものまで30機近くのエンジンが展示されています。

日産自動車の前身であるダット自動車製造が1929年~31年に製造した7型エンジン。

こうやって年代別に観ていくと、技術の発展が良く分かります。この地で初めて製造されてから90年近く、エンジンはかくも進化しました。




1966年製 B1型初代ダットサン・サニー。私の心の中にセピア色の思い出として残っています。


1969年製 GRX-ll型レースカー用エンジン。当時私は自動車レースは憧れの的でした。このエンジンを搭載したレースカーが、テレビのブラウン管の中を疾走する姿を無心に観ていたのが、今では懐かしい思い出です。


一階の展示を一通り観たところで二階に上がります。二階には横浜工場の紹介と歴史、それに企画展示室がありました。
  



エンジン・アクスルの各パーツの進歩や製造工程の変革を分かりやすく展示してあり、とても興味深く学ぶ事が出来ます。




こちらでは日産自動車のこれまでの歩みと、横浜工場の歴史が紹介されています。


1947年に創業し、1966年に日産自動車と合併したプリンス自動車工業株式会社。プリンス・スカイラインやグロリアなどはとても懐かしい名前の響き。




興味深い展示物を見学し、心も十分堪能したところでそろそろミュージアムを後にします。




布袋橋から見た日産自動車横浜工場。手前にはJR貨物線の廃線橋梁が今も残っています。かつてはこの線路を貨物を引いた蒸気機関車が走っていました。


帰り道、子安で見つけた案内板。「西洋野菜栽培とトマトケチャップのふるさと」と記されてありました。1859年にキャベツやトマト、セロリなどの西洋野菜の栽培が山手に農場を開設されたのを皮切りに、1866年頃に子安を始め根岸や磯子などの近隣農村に西洋野菜栽培が急速に広まったとの事でした。


残念ながら西洋野菜栽培で栄えた子安村も、その後京浜工業地帯に様変わりしました。下は新子安駅前。此処が豊かな農村だったとは今では想像し難い風景です。
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COMMENT 2

相子  2017, 06. 20 [Tue] 22:59

くあどりさん 今晩は
流石世界に誇る会社だけのことが分かりますね。
立派な施設ですね。昔三鷹のプリンス工場に学生を連れて行きましたが、今でしたらここを見せたいですね。
私は車のことは疎いのですが、こうして拝見しますと進歩の素晴らしさに感動します。

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くあどり  2017, 06. 21 [Wed] 22:01

相子様。こんばんは。
本当に日本の技術力は素晴らしいですね。日本人の手先の器用さと勤勉さの賜物でしょうね。プリンス自動車の工場が三鷹にあったのは相子様のお話で初めて知りました。先ほど調べて観たところ、三鷹の工場跡地には碑が残されているようなので、機会があれば訪れて観たくなりました。私は小さな頃から車や電車が大好きでした。プリンスと聞くと懐かしさを感じます。コメント、有り難うございました。

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